2009年1月29日木曜日

Who is that suite my eyes?

無加工です!
すごい!このeyeはすごい!

Dred & Roll Dice(GearShift)


mag

ほぼ毎日のようにブログを更新するのが日課になっている。
また飽きるのかも知れないけど、magちゃんは仕事から帰ってきて私のブログがアップされているかどうか
見るのを楽しみにしてくれているようだ。
そんなmagちゃんが、私が彼女のことをblogに書くのを承認してくれたので朝から撮影。

magちゃんとの出会いは海外のショップだ。
私は買い物場所にTPして読み込み待ちの間にその場に人がいたらプロフをのぞいて暇をつぶす。
当時は海外ショップというと日本人はほとんどおらず、私は私で辺鄙な場所に行くことが多いので
そんな場所で彼女のプロフィールを見て日本人だと知った時はびっくりした。
彼女の名前は日本人らしからないですから。
びっくりついでについナンパしてしまった。当時の彼女は極端にshyだったが感じる物があった。

その時はそれで別れたんですが、しばらくたってまた他の辺鄙な海外で彼女を発見。
その時もこちらから声をかけてフレンドを送りつける。
IM攻撃をばしばしかけて仲良くなることができた。
仲良くなってわかったこと。彼女との共通点がかなり多いことを発見した。
生まれ年は違うけどRL誕生日が同じ日なこと。
過去に同じような仕事をし、着る物の好みもだいたい似てて
そして私のが大好きで大好きでたまらないバラの花を彼女も好きだということ。
(もっとも、彼女は木蓮の花の方が数倍好きなんだけれども。)
そしてもっと知り合うと、なんと同じ都市に住んでることが判明。
それぞれの諸事情でまだ会ってはいないんだけどこれだけ意気投合する二人。
私と彼女はいつしか携帯メールアドレスを交換し、いろんなことを語り合う仲になった。

彼女は私の片割れのように感じることがある。
普段彼女はRLでもSLでもとても忙しくしていて、彼女の仲間と一緒にいることが多いので
共有する時間は少なくなってはいるがお互い何とはなしにすっと歩み寄る。
時計で表す時間にしたらとてつもなく少ない共有時間だが一緒にいる時間はとても楽しい。
何気ないひとときが活力になる、そんな相手だ。

私の栄誉は、私が「seabreeze」になったときにこのスキンを彼女が選び、シェイプの基礎を彼女が造ってくれたこと。
そして、彼女も同じスキンに変えたこと。 (色違いである)
彼女は他の人と同じ物をアバターに身につけることを極端に嫌う質だ。
誰かと同じ物を身につけると言うことは、かなりなもんなんじゃないかと私は思っている。

彼女が今、私の一番そばにいてくれている。
沢山のメールに沢山大事な言葉が詰められている。
彼女が私の思考回路ではまとまらない感情をまとめてくれている。
彼女は多分、私の手をつないでいてくれる。

ゲームだからという割り切りの枠を超えていると思う。
この時期だけかも知れないけど、それでもいい。
彼女と出会わせてくれてありがとう。
magちゃん、いつもありがと。ありったけのloveをあなたに贈ります。

2009年1月28日水曜日

Antique Freak


2009年1月27日火曜日

Beaches

先のブログにも、季節に逆行して暖かな場所を求めていると書いたけど
ただそれだけじゃなくても、私は海が好きです。
大好きなSIMで海に足を漬かせるアニメボールに座らせて、ぼーっと音楽を聴いていると
大抵何やってるのかお伺いの人が来るので
「leave me alone」と突っぱねるよりは
「I Love Sea. Look! My name is "Seabreeze" !!!」
そういうと、納得して頂けます。


海にはたくさんの思い出があります。
まだ幼かった私たちを、両親は海にかなりの頻度で連れて行ってくれました。
忙しくて接点がなかった父との思い出のほとんどは海です。
海にいる時の父は、とても楽しそうだった。

日が落ちても帰りたくなかった。
家に帰って用事を済ませ、就寝のために布団にはいる。
眠りにつくまでの間、足の裏に残る不思議なほどリアルな砂浜の感触がくすぐったい。
小さな桜貝を求めて歩いた。
初秋の砂浜には、ハマナスの実のオレンジ色がついている。
こんな幼い日から私の周りにバラがあったんだね、とこの文章を書いていて思いだした。

私の叔父は幼い頃の住宅から1時間ほど離れた町で魚屋をしていてよく遊びに連れて行ってもらったのだが
叔父の子供になりたいといとこをうらやましがったのは一度や二度ではない。
魚や独特のあのにおいも大好きだった。
叔父が魚をさばく姿は最高にかっこよかった。
その姿を覚えていたのか、私は習わなくても魚がさばけた。

両親や叔父がこよなく海を愛していたのは、やはり彼らの生誕の地に由来するだろう。
あそこには、日本でも格別に素敵な砂浜の一つがある。
7年ほど前に訪れた時もそこは変わらず美しい砂浜で、
小学生の時に遊びに来た時と何ら代わりはなかった。
あんな砂浜を、愛さずにはいられないと思う。
そして親が愛して子に導けば、子にも受け継がれるのであると思う。

Under The Boardwalk という曲がある。
Bette Midlerが出演したBeaches という映画で使用された曲だ。
最近、この曲を聴くととても心が和むので、Heavy rotation中だ。
Beachesに出てくる海岸は、どこか私が幼少の頃にいった砂浜に似ていた。
景色が似てるんじゃなくって、雰囲気がとてもよく似ている。
Beachesという作品自体のすばらしさはあの砂浜があるからだと思う。
Under The Boardwalk のすばらしさはBette Midlerの歌唱力自体もあるけれども、
曲調の明るさと、のどかな曲運びがあるからだと思う。
彼女が歌うべきして作られた曲の、すばらしい一曲だと思う。

この曲を聴きながらSLの潮騒を聞いていると、いい感じになる。
そしていつしか、口ずさむようになる。
Under the boardwalk
Down by the sea
On a blanket with my baby
Is where I'll be

2009年1月26日月曜日

2009年1月21日水曜日

極寒

1月も下旬を迎え、私の住む町ではこれからが一番寒い時期を迎える。
SecondLifeでは寒さを忘れたいがためだけに南国っぽい場所を求めてふらふらしている。

私の住む町はものすごく寒くなる。氷点下20度まで下がることもある。管内では氷点下30度とかになった場所もある。
山から吹いてくるカラカラに乾いていてそれでいてものすごく冷たい風が身にしみる季節だ。
土地も空気も何もかむが凍ってしまう季節。

ハーディネスゾーンでいうとここは5b。
ハーディネスゾーンとはアメリカが定めた露地での栽培指針のことをいう。
もっとわかりやすく説明するならば、私の住む町は冬期間の一番寒い時期に
建物にたいして地面が地下100cmまで凍るということだ(凍結深度)。
ものすごく、ものすごく寒い。

寒いのはいやだと思う。しかしながら寒いながらの楽しみという物もあるのだ。
その季節にはその季節の顔がある。一概にここがいやだといっていたらそこに住めなくなってしまう。
住めば都ということだろう。

寒くて栽培がかなり困難だがこの土地で咲かせるバラの花の色づきは見事だという人もいる。
花期は短いが寒さの訪れがよりはっきりしているために、色づきが見事なのだという。

私が育った場所と今住んでいる場所は、同じ地域ではあるが気候が結構違う。
花期も微妙に違う。
私が育った場所は今住んでいる場所より花期が長いと思う。
私は緑と花に囲まれ、共に遊んで育った。
今住んでいる場所は山から離れているために緑は少ないと言えよう。
短い間に花たちは我先にといわんばかりに次々と咲き誇る。
短い花期に咲き誇り暖かい季節を謳歌する。
そして長い長い寒さを乗り越えるのだ。短い花期のために。
寒さが長いからできる咲き方であるとも言える。
そう考えると寒さも必要なのだ。この土地の植物にとっては。

植物に限らずどんなことにも寒さも必要だと考えれば、
寒さをも楽しんで来るべき時を思いはせることができる。

2009年1月16日金曜日

Mont Saint Michel


2009年1月15日木曜日

Dream On Bay


2009年1月14日水曜日

alarm whistle

あなたは書くことを生業にしてた時期があるから書くことで落ち着くことが多いんじゃない?
友人から先にいただいたNoteでここにも何か書いていいのか悩んでいた。
書くことで落ち着くというのは確かに思い当たる節があるので、暇な時に時折何かかこうかとも思う。

昨日は寝れなくって、ずっとぼーっとしていた。
夜中の3時過ぎあたりだろうか。外から電車の警笛が聞こえる。

私の住んでいる住宅は、線路高架の真下にある。
ここの住宅を購入する時に、真っ先に目に入ったのが鉄道高架だった。
高架なので全く煩くない。それどころか夏のさわやかな風に乗って電車があの独特な線路の上を行く音は
実にさわやかでとても気に入ったのだ。
東へ向かって荷物が運ばれていく路線でもあるので夜中は貨物列車が行く。
はっきりと通るのにどこかくぐもったような警笛は極寒にさしかかろうとしている深夜の空気を響かせて私の部屋にも入ってくる。

音というのは何かを響かせて伝わる。空気、物、生態。
学校で音の伝わり方を習った時よりも感じるのは、

音は何かを響かせて伝わるっていうことは我々の鼓膜だけではなく全身のどこもが響くだろうということ。
我々も音を発する生物であるから全身が他の音に対しても響くようにできているだろうという体感。

心地よい音を聞いた時に心が震えたという表現をするのは
実際にとても強い響きで心臓や体液までもが震えてるのではないかと私は思う。
音というのはそれまでに身近にあり、常にあり、密接している。
私が好きな音は混声合唱でいうテノールの音域の音だと思う。
耳元に響くほど低い低音はいつも私の心を落ち着かせたり楽しませたりしてくれる。
音楽という作られた音を求める最近ではあるが「響く」というのは大変気持ちよくなれるらしく、
規則的なrhythmではなく必要があって鳴らされた警笛の音一つが私を落ち着かせて眠りに誘ってくれた。
そういう音がまだ届く耳でよかったと思う。

2009年1月13日火曜日

Un mapped (The Lost)


2009年1月12日月曜日

The Far Away

She said "should have sometimes written some sentence."
May I write any sentence here?

2009年1月11日日曜日

2009年1月7日水曜日

Barcelona del Oeste


2009年1月5日月曜日

Kutze



I CHI BA N SA I SHO


I write a sentence first.
When I and she talked, she said,
"If you troubled in this world,
You should do that you love it most ,
Next time"
What would it be to like me in this world?

I thought about it.
I forgot it, but I like going to the splendid place of this world.
And I like taking a snapshot.
I go to the wonderful place, and I take a snapshot, and make myself at home slowly.
And this was what I taught her before.

I does not need the words.
I intend to begin what likes for oneself.
If I am not troubled, my friend is not troubled.
To get away from a long labyrinth of a trouble for the tomorrow's smile.

I was embarrassed, I wrote this sentence in English.
hehehe
I write nothing anymore.
I upload a snapshot whimsically.